『 やさしさにつつまれたなら 』

ヨーロッパの前にバンコクに来る感覚は心地良い。
Tシャツ一枚に着替え、街までのタクシーに乗る。
2年前に比べて、値切ったりする気力がさっぱりなくなった
自分は年取ったな、、と思う。
急いでマッサージに入ると、とても太った力の強い
人にいためつけられ、コリはとれたかもしれないが
痛みが残って笑えた。
願掛けをしにエラワンに行った。
いつでもここにくる人達は、念入りなお祈りのしかたをしている。
願いが叶った人がお礼に神様に捧げるおどりを踊る、
踊り子達の無表情で淡々としてる感じも懐かしかった。

パリに着く。交通渋滞のおかげで、
車のなかでの仕事がはかどる。
夕方にはロンドンに向かうので、
北駅に荷物を置きに行った。
相変わらず物騒な駅で、貴重品は
コートの中に持つようにする。
友人が迎えに来てくれて、
『信じられないほど醜く過ぎるスタチュー(彫刻)の前に
いる、』と、言われる。
この人はシンプルに”中央口にいる”とか言わない
、、というか言えないんだな、、昔から。
タクシーにのり、今や廃れた、十何年前に
よく一緒にいったカフェでブレックファーストを食べる。
結局、フェミニズムの話になって、時間となり、
別れ惜しくもハグ。
11時過ぎ、別の友人とサイトンブリー展のエントランスで
待ち合わせたが、休館日。ブノワにランチに行く。
フォアグラとワイン。大好きな組み合わせ。
サンジェルマンまで歩く。
通る道の一本一本に色んな想い出が染み付いていて
なんだか歯がゆい。
巴里の母と称している恩人のヴィンテージ屋さんに
挨拶に。たばこ3、4本の火をつけたまま放置しているのも
相変わらずで、お土産に持って行った御菓子は紙切り鋏で切り分けてくれた。
バルマンの美しいスカーフを、お客様に提供する用に
購入しようとしたら、ギフトでくれたので、
自分のものにしないと失礼ではあるがお客様に提供することにした。

北駅からロンドンに向かう。
とりあえず、泡の小瓶を2本ぐらい飲んだら
疲れのせいもあって、グダグダに酔っ払ってしまって、
友人カップルのスタジオに到着した時には
久々の再会なのに、顔がむくんでいたかと思う。
「ウェルカム!エー(A)、ケー(K)、アイ(I)、ケー(K)、オー(O)!」
と連呼され、歓迎してもらった。
生地をくれないか、との相談に快く応じてくれ、
なんとも美しい、彼らのプリントの入ったシルク地を沢山
提供してくれた。ショーの日も近づいている彼らが
「レストランに行くより、手料理の方がいいだろ!?」
と言って、丁寧に煮込んだボロネーゼのパスタ等々を
振舞ってくれ、彼ららしいコレクトの
アートや骨董品の説明とかをしてくれ、
そしてお互いの近況報告とかで、つかの間の団欒を楽しんだ。
次の日の午前中は彼らのアトリエで仕事をさせてもらって、
午後にアントワープに移動した。

ペインターの友達一派とディナーをし、
遅くまで飲み明かした。
中国の話やバロックをテーマにアントワープ村の村おこしイベントの
キュレーションをやるって計画の話、ルーベンスの話、、
教会の裏の昔からあるバーでぐちゃぐちゃなひと時を過ごした。
そのバーの近くにあるヒルトンホテルをとってくれて、
次の日はモロッコに出かけるので、熱い湯船に浸かって
頭を冷やした。
時差ぼけで早く目覚めて、自分が5年以上住んでいた
フラットの近くのbioベーカリーにスープが食したくなって、
うろうろ母校の前を歩き、広くなったベーカリーで
好きだった食べ物や飲み物をバカみたいにたいらげて、
ホテルに戻り駅までのタクシーを呼んでもらった。
タクシーの運転手はイスラムの人で、
街中にどれだけ監視カメラが設置されているかを
事細かに説明してくれた。
電車を乗り継ぎ、空港に着き、
時間が余ったので、パスティスを飲み始めたら
バーの人たちが面白がって、空いたペットボトルにも
飲み物を入れてくれ、またもやグダグダな状態で、
モロッコのマラケシュに着く。

久しぶりのフナ広場の横を通り過ぎ、
その日はホテルでばたりと眠り、
翌朝の強い日差しを鳥の鳴き声の中、
仕事の電話を済ませた。
サンローランの位牌がある、マジョレル庭園に
いる友達とランチをし、古裂のあたりをどこに絞ったらいいかをを
教えてもらい、また広場のあたりに戻ったら
古い友達にばったり遭遇した。
この古い友達は警察に入っていた方が生活レベルが高い、、ような人で、
目と歯が今にも落っこちそうな、いわゆるジャンキーで
彼の借金とディナーを払わされ、お釣りをぼったくられたが
心が通じ合っていることは昔と変わらず、
和やかな時間を二人で過ごした。
翌日はメディナの中をうろつき、そしてブリュッセルに
夜中に着く。
まだ時差ぼけで朝早く起き、
骨董市を漁り、ブリュッセルの街をうろついた。
ここを歩いていると、ランボーのことを思い出してならない。
時差をよく把握しておらず、パリまでの電車に
余裕で乗り遅れ、チケットを買い直してパリに。

日曜日なので、ことごとく店は閉まっており、
展覧会は長蛇の列だったので、パレロワイヤルに散歩に行った後
友人をホテルに呼んで、二人で飲み明かした。
翌日、シャルルドゴール空港からバンコクへ。
フェイシャル、タイマッサージ、の後に飲茶を食べに行き、
まつげエクステの後、ツボ押しのえげつないところに行って、
現地に住む友人たちと裏シェラトンと呼んでいる屋台の蟹粥を
食べに行って空港に。
8日間の怒涛な旅だったけれど、
日本の友人たちがラインで『お気をつけて』というメッセージを
いくつも送ってくれた。
『気をつけて』と人に言われると、事故に遭う確率が低くなるらしい為、
この言葉をいつしかとてもありがたく受けとるようになっている。
焦がれていた懐かしい風を浴びた、重いお土産を持って帰ってきた。
伊勢丹にお土産達を見に来ていただければ幸いです。

MA déshabillé “Bespoke Creation”

2017年3月1日(水)〜2017年3月14日(火)
新宿伊勢丹本館 3F リスタイル
MA déshabillé ×希少な素材の独自性(残反・ヴィンテージ生地)דフクル”マスカスタマイゼーションプラットフォームによって作り上げる
パーソナルなクリエイション。
大量生産が主流の繊維業界において、
ITを活用したマスカスタマイゼーション(多品種一点生産)
の取り組みを進めている“フクル”のプラットフォームを活用し、
繊維産業の町である群馬県桐生市の機屋やパリに眠るヴィンテージの
生地や、ボタンなどのパーツを用いて、MAのアイテムのカフスや
襟などをカスタムできる。
3月11日(土) 16:00〜 スタイリスト上杉ミユキ氏によるアドバイザー
3月12日(日) 14:00〜 金子渚のネイルサービス
       17:00〜 eri,fuyuri,nagisa,トークショー「旅について」

“洋服から解放されるということ”の新しい解釈

ダイアン・ペルネ

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外から帰宅し、現実から離れ、こころを解放出来る場所の様なパジャマに袖を通すことほど喜びに満ちた瞬間はありません。皆にとってでは無いでしょうが、私はパジャマに特別な想いを抱いています。それは、第二の皮膚のようで、外の世界に触れる洋服とはまったく異なります。私はムラタアキコが王立アントワープ芸術アカデミーを卒業したときから彼女を知っていますが、当時から彼女はモロッコやミャンマーに旅をしたりと、すこしノマド的なところがありました。様々な旅をした後の2010年に東京へ戻りMA déshabilléをスタートしました。
私は彼女のコレクションに一目惚れをしました。彼女のコレクションのエソス(精神)はパジャマを外に着ていくことができる服にすることだと思っています。déshabilléとは、フランス語で略着でいることを意味しており、彼女のブランドにぴったり合致する名前だと思います。ブランドを始める前、彼女はヴィンテージの洋服のバイイングをしていました。「私はサンローランのシルクブラウスを雑にパジャマとして着るのが大好きでした。ココ・シャネルが当時は下着の素材としてしか使われていなかったジャージを外装に使いはじめたという哲学も好きです。」過去と現在、東洋と西洋、有用なものと不必要なもの、相反するものを融合させて服の持つ意味を再定義することをアキコは好みます。また、彼女は“20世紀は外見が他の人にどう見られるかということが重要視されていたけれども、21世紀はもっとわたしたち自身がどんなふうに感じるかということが重要になってくる”と考えていて、「ワインが年を経て美しくなっていくように、年を経るごとに意味が多層化してゆくモノをつくりたい。」と言います。

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The New State of Undress

by Diane Pernet

There is nothing better than that moment – that glorious moment when you arrive home after a day
outside and, finally, cocooned from the rest of the world, you slide into a pair of soothing pajamas. Pure liberty.
I know they’re not for everyone, but I have a thing for pajamas. They’re like a second skin that we’re barely aware of – one that defines us in a way that is profoundly different from the clothes we wear in glaring view of the public. Occasionally, an outfit can work both ways, and pajamas become daywear.
I have known Akiko Murata since she graduated from the Royal Academy of Antwerp. She has always been a bit of a nomad, travelling to places like Morocco or Burma. But after one round of world travels she came back to Tokyo in 2010 and established her brand MA déshabillé. When I was introduced to the collection, it was love at first sight. Her entire ethos is about making sleepwear into outerwear.
MA déshabillé refers to being in the state of undress. It’s a fitting name for the brand. Before launching the brand, Akiko dealt in vintage. She loves repositioning clothes, merging the past with the now, as well as the East with the West, the useless with the useful. Akiko’s view is that the 20th century has been too concerned with how we look and that in the 21st century the focus is more on how we feel. “My purpose,” she says, “is to create clothes vintage by vintage, like a fine wine.”